からたちサロン40
浪漫百選・・・ 北上川をわたる連吟
南部健一(13期)

東北大学名誉教授

南部さんには東日本大震災の傷も生々しい2011年9月、前作「浪漫百選・・・満ち来る潮」を寄稿いただきました。あれから2年以上の時間が過ぎましたが、これら作品の舞台である北上川の下流域には未だ津波の記憶がはっきりと残っています。私自身震災を挟んで石巻に足繁く通い、作品に描かれた情景がとても身近に感じられます。
それでもこの4月辺りから石巻にも喫茶店や趣味の店が営業を始め、やっと本来の市民生活が戻って来た感があります。とは言えこの短編に描かれた「女」のように、生き残った人々がそれぞれに決して消えることのない想いを持って時を過ごしていることが感じられます。(広報担当 池田志朗)

 北上川の芦原をわたる風は「日本の音百選」に選ばれている。この美しく雄大な大河で終日投げ釣りの竿を振っていると、男に生まれてよかったと思われてくる。今まで何十回北上川を訪ねたことか。しかし3.11の大震災の後、一度も訪ねていない。大川小学校の生徒をはじめ多くの人々が、私が特に気に入っている河口付近で命を落としたから。今年ももう7月、あれからはや2年4ヶ月が過ぎた。久しぶりに北上川河口に出かけてみた。一応魚釣りの用意もしていた。しかし川は震災前の面影をとどめていなかった。南側の堤防は大津波に破壊され、消えていた。北側の堤防の水際には頑丈な鉄板が打ち込まれ、高い鉄の壁は延々と続いていた。
 魚釣りどころではなかった。美しかった葦原も津波の猛威に無残に踏みにじられていた。ただ、長面橋の少し上流の一画に、葦の緑が拡がっていた。葦の丈はまだ私の腰までしかない。堤防を下りて葦の間を歩いた。しばらく行くと、合歓の木が一本、花をつけていた。 さらに進み川岸に向かった。岸辺には、こちらに背を向けて女の人がひとり立っていた。女は流れに対面して漢詩を吟じていた。私は歩みを止め、葦の間に立って聴き入った。杜甫の「岳陽楼に登る」だった。私に気づかず女は朗朗と吟じ続けた。

 「親朋一字無く、老病孤舟有り」(親類からも朋友からも1通の便りさえない。老いて病いがちの我が身は、この大河の岸辺に打ち捨てられた小舟のような存在か)

  この一節に差しかかると女はむせび泣いた。吟が終わると女は無言で水面をながめていた。近づいて声をかけた。
「すばらしい吟でした。失礼ながら聴かせていただきました」
女は驚いて振り返り、 「お恥ずかしいです」とほほえんだ。
歳は60代半ばか。凛と張った涼しい目もとが美しい。そして
「あなたも詩吟をなさるんですね?」と聞き返した。
「まだ教わって半年ですが、杜甫の『岳陽楼に登る』は好きです」
「そうですか、それは嬉しいですね。ここでお会いしたのも何かのご縁ですね。あつかましいですが、連吟をしませんか」と女が言う。
連吟ははじめてであり少し迷ったが、引き受けた。
 私たちは「五言律詩」の2行を交互に吟じた。二人の声は美しく響きあい北上川に漂った。終わった時、互いに親しみを感じたのは自然なことだった。女は祐子と名のった。
 祐子さんは話し始めた。
――詩吟は主人と一緒に習っていて、よく二人で連吟をしたものです。でも、3.11の津波で主人は流され今も行方知れずのままなのです。今はもうあきらめましたが、優しかったあの人を想うと、愛する人を亡くしても生きていかねばならないこの身がつらいのです。
 でも今日、はからずもあなたと連吟ができて大変うれしく思います。きっと悲しんでばかりいる私を憐れんで、あの世の主人があなたをここに寄こしてくれた、そんな気がするのです。
 住んでいた長面の町は津波の後、海の中に沈んでしまいました。今はすぐ近くの「にっこりサンパーク」という高台の仮設住宅に一人で住んでおります。もしお急ぎでなければ、お寄りになりません?お茶を差し上げたいのですが。

 私は祐子さんの親切をありがたく受け入れ、仮設住宅を訪ねた。仏壇に向いご主人の遺影に手を合わせると、お茶をいただいた。香りのよいお茶だった。
「少しお待ちください」
と言うと祐子さんは姿を消した。数分して着物姿で現れた。私には着物の知識はないが訪問着だろうか?淡い花模様の明るい着物だった。祐子さんが座ると、部屋は灯をともしたように明るくなった。
「仮設暮らしでは時おり気持ちが沈みます。そんな時には着物を着て過ごしますの」 と、少女のようにはにかんだ。
 祐子さんは震災の話には触れず、私たちはお気に入りの漢詩の話をして過ごした。彼女は好きな王維の詩を、私は李白の詩を、声を抑えて吟じた。最後に祐子さんは和歌を一首吟じた。それは額田王の恋歌だった。

 君待つと我が恋ひ居れば 我がやどの
   簾動かし 秋の風吹く (序詠)
 君待つと我が恋ひ居れば 我がやどの
  簾動かし 秋の風吹く (本詠)
 哀しく美しい響きだった。淡々とした序詠のあと、本詠で彼女は心中を劇的に表現した。私は胸を打たれた。それは、祐子さんが心の中で、帰って来るはずのない夫をいまも待ち続けていると直感したから。
 帰り際に祐子さんが、
「こんなに楽しく過ごしたのは本当に久しぶりです。ありがとうございました。北上川にいらしたときは、きっとお寄り下さい」
と礼を言った。
私は 「どうぞお元気で」
と言って玄関を出た。雨が当たって来た。彼女は大きな傘を一本拡げた。私達は車を止めた空き地まで並んで歩いた。「さようなら」と言って車を発車させた。バックミラーに写った祐子さんの姿は、雨に打たれている合歓の花のように、ほの暗い空間に明るく浮かび上がっていた。立ち姿は次第に小さくなったが、祐子さんはずっと手を振っていた。姿が消えると、前方に雨にけぶる北上川が現われた。車は、工事中の堤防の水たまりにハンドルを取られる度に大きく傾いた。車に揺られながら、私は、一期一会という言葉を思い出していた。

◇南部健一プロフィール
1943年 金沢市千田町生まれ、二水高校(1961)―金沢大工学部(1965)−東北大学大学院博士課程卒(1970)、工学博士。
東北大学流体科学研究所(旧 高速力学研究所)教授(1986)、2006年 東北大学を定年退職、東北大学名誉教授
100年余学界の難問と云われたボルツマン方程式(Boltzmann equation)の解法を1980年世界で初めて発見、その功績によって2008年 紫綬褒章受章

著書; 「果てなき海に漕ぎ出でて」(丸善)仙台出版‘88)、「乱れる」(オーム社、1995)

南部健一ブログ「 果てなき海へ漕ぎいでて 」
http://blogs.yahoo.co.jp/nanbukenichikitagawaissei



「からたちサロン」トップへ   トップページに戻る


禁無断転載 ©Copyright 2013 NISUI KANTO All rights reserved