からたちサロン37 20120312
「ふるさとを出でて(完)・・・遙かなる旅」
◇今井清博 13期

法政大学教授
吹田混声合唱団団長

本サロンの常連である今井清博さん(13期)も、1961年にふるさとを出でてすでに50年を超え、いまもなお遥かなる旅を重ねています。専門の生命科学は萌芽期だったかもしれないが、その後に遺伝子の仕組みも解明され、60兆個の細胞から構成される人の遺伝子と心の関係まで研究されつつあります。
本サロンで紹介いただいた「蜂と神さまといのちの科学」という講演で高校生に命の大切さも教えた話しも印象的でした。
「ふるさとを出でて」編は完結しますが、今井さんの言う遥かなる旅は「人の心と絆の起源を求める旅」ではないかと推測し、サロンへの再登場を期待しています。(編集者;高田敬輔)



宇宙、銀河、地球が誕生してそれぞれ137億年、129億年、46億年になる。約40億年前に地球上に生命が誕生して以来、それらは現代の多様で高等な生物に進化した。生命誕生以来の40億年を仮に1年に例えると、脊椎動物、哺乳動物の出現はそれぞれ11月27日、12月11日に、そして、なんと人類の出現は大晦日の午後8時のNHK紅白歌合戦の頃となる。さらに、近代科学が興ったのは午後11時59分58秒と、新年までのわずか2秒前に過ぎない。そして、過去約40年にわたる人口爆発、化石燃料の大量消費、環境汚染は、新年前のわずか0.3秒に満たない。この”瞬間“に人類は地球規模の自然環境破壊というとてつもないことをしでかそうとしている。一方では、その瞬間に、いわゆるインターネットシステムを構築して、今や世界のどこにいても個人と個人がいつでも連絡を取り、必要な情報を得ることができるという驚異的な人工環境を作り上げた。この先の0.3秒後には何が起こるのか、考えるだけでも空恐ろしい。

私は戦時中の空襲警報が鳴り響く金沢市で生を受けて以来、奥能登の4つの町を転々とし、金沢市金石町で中学と二水高を卒業した。その後、ふるさとを一人出でて、大阪で大学卒業、大学院修了の後、その土地で32年間にわたり医学生理学の研究・教育に携わった。そして、東京へ赴任して生命科学の研究・教育に携わり、間もなく10年となる。今までの私の人生は、上記の例えの1年のスケールでは、わずか0.5秒でしかない。
人の一生は、長くて0.7秒であり、心臓の1拍より短い。人生は、大宇宙に比べると、時間的にも空間的にも無視できるぐらい小さな存在である。しかし、誰しも自分にとっては計り知れなく大きな存在である。人は生まれてこのかた、毎日多くの人や事物に巡り会い、多くのことを学び、経験し、悟り、発見し、創造し、約30,000日ほど生きてこの世を去る。
その間、無知の乳児から豊富な知識と経験をもつ人間ができあがる。その意味で、“人は一生掛けて磨かれる芸術品”である。この無限の可能性を秘めた素晴らしい生命体は気の遠くなるほどの長い年月を経た進化のたまものである。
人体を構成する約60兆個の細胞の一つひとつの中では、それこそスーパーコンピューターをもってしても解けないほどの複雑な出来事が起こっている。すべての細胞には、約30億の文字で書かれた人の設計図ともいうべき2万余の遺伝子から成るDNAが保存されている。原理的には、いずれの細胞1個からでもその人間を作ることが可能な遺伝子が揃っている。このようなことを考えると、自分の命を決しておろそかにしてはいけないと日頃、学生達に訴えている。

以前にタイのバンコクにあるマヒドン大学医学部で協同研究のために滞在していたとき、そこの病理学が専門で敬虔なクリスチャンである女性教授が、「医学を学ぶにつれて、こんな精緻な人体は神でないとつくれないとつくづく思うようになった」と言ったことに驚いた。私は生命科学を究めていく内に、生命は決して神秘的なものではなく、その仕組みは物理や化学の用語で説明できる、すなわち神の力に依らなくても理解できるという信念を抱くようになった。同じ現代科学を学んだ私たち二人は、全く両極端の生命観を抱くようになってしまったのである。

私は敗戦直後の反省の上に立った最も民主的で平和主義の教育制度のもとで学び、戦後の奇跡的な復興に続く高度経済成長の裕福な生活、戦争も徴兵もない平和な時代を生きてきた、本当に恵まれた人間であるとつくづく思う。人生は出会いと別れであると言われる。確かに、これまでおびただしい数の人物と出会い、そして別れたが、これらの自分と関わりをもった人同士の多くはお互いにつながりをもっていて、巨大なネットワークを形成している。このネットワークはさらに時間軸をもっていて、過去から、現在、未来へと絶えず変遷している。ここに、現在の他人との関わりが、過去の自分の行動の因果であると感ずるのは理解できる。そして、「情けは人のためならず」という諺は、現在の行動が未来での他人との関わりを生むという因果を主張している。

二水高を卒業したことの因果はそれこそ計り知れない。そこで学んだこと、教師や学友との出会いはその後の自分の成長、社会での活動に計り知れない影響を及ぼし続けてきた。小林栄喜男先生の1年生の生物では、「生命は蛋白質の存在様式である」という、有名なエンゲルスの命題を教わった。その後の私の生命科学の研究は、この命題の真髄を探求することであったと言っても過言ではない。小林先生は、当時発見されて間もない、そして今はゲノムという言葉で語られる遺伝子DNAの意義を、いち早く授業中で熱っぽく語っておられたのが今でも忘れられない。
私は二水高を卒業後に一人ふるさとを出でて人生の旅に出た。旅先で多くの人たちと出会いと別れを繰り返してきた。私には、仕事関係ではもちろん、学校や大学の同窓生、29年間にわたる合唱団、20年間にわたる写真クラブなどで生まれた大きな人と人とのネットワークがある。最近、二水同窓会関東の皆様との出会いにより、このネットワークは更なる拡大をみせている。この「からたちサロン」への第一回寄稿で、自叙伝の法則について書かせていただいた。その時にもくろんだ自叙伝はいつできるのか分からない。出会いのネットワークが今も限りなく拡大しているからである。
・人は誰もただ一人 旅に出て
・人は誰もふるさとを 振りかえる ・・・
(はしだのりひことシューベルツの「風」より)

“ふるさとはそこを離れて初めてふるさとになる”のだと思う。そのふるさとに思いを馳せながら、私の遙かなる旅はまだまだ続きそうである。(完)

今井清博写真作品

「青春の跳躍」
「青春の跳躍」
2006年「1万人の写真展」で100選に入る。京都市嵯峨野の竹林で元気な修学旅行生達のジャンプを撮影。
「待機中」
「待機中」
2009年第57回二科展入選。大阪の万国博記念公園での催し物でタイ・ダンサーが出番を待っているところ。
 
◇今井清博プロフィール
金石中学―二水高校―大阪大学基礎工学部―大学院卒、大阪大学医学部、大学院生命機能研究科を経て、2002年より法政大学・工学部教授。2008年より同学・生命科学部教授

趣味;写真、合唱
http://www.hosei.ac.jp/koho/pickup/professor/2010/100420.html


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