からたちサロン28
コミュニケーション能力と文章力教育
◇P真理子(30期

実践女子短期大学教授
室生犀星学会 理事
 就活の季節です。毎年、「企業が就活で重視する能力」のアンケートが報道されていますが、その中で「コミュニケーション能力」がトップにランクされています。
コミュニケーション能力は「話す、聴く、書く、読む、考える」など仕事の能力そのものですので、その中で主にどんな能力が不足しているか、どこを伸ばせばよいか人によって見解が違っています。また、コミュニケーション能力の低下をゆとり教育、国語力低下、大学の下流化など、学校教育のせいにする人も少なくありません。
そこで、P真理子さん(30期、実践女子短期大学教授、日本語コミュニケ―ション学科)に「コミュニケーション能力」についてのいくつかの課題と実践されている文章表現力教育についてお聞きしました。(紹介者;サロンマスター高田敬輔)




◆コミュケーション能力の基本は「共通認識」
 ―― 企業が「コミュニケーション力」求めているけれど、これは就活ばかりでなく企業自身、社員のコミュケーション力不足を感じているのではないでしょうか。外資系企業のビジネス文章に、被災された皆様への手紙文で「トラックや車を寄付いたしましたので、お役にたてれば幸いです」と書くべきところを「トラックや車を寄付いたしましたので、活躍することを期待します」なんて文章が送付されたりするのを見かけました。読み手側に立って謙譲表現を上手く使わないと、相手に気持ちが伝わりません。日本語の発想で書かかないといけないとか。
 高瀬:今の事例は、日本語的発想の方がふさわしいのに、欧米言語的発想で言われてもしっくりこないという意味だと思います。コミュニケーションには理解の仕組みのようなものがあって、情報を発する側と受け取る側で共通認識が多ければ多いほど言葉が足りなくても伝わるようにできています。しかし、共通認識が少ない場合、相手側を重んじて伝えないと、こちらの思うことが伝わらないですね。往々にして情報を発する側は、自分でよく分かっていることについては不親切な表現になりがちです。受け手が省かれたものまで理解できるほど近しい人ならばいいですが、なかなかそうはいきません。受け手側のことを考えて話すことが大切ですし、その際に、共通の認識が持てるように工夫することも重要です。日本語であっても認識が大きく違えば、なかなか理解し合えません。それは、会話でも文章でも同じことです。

◆メールは気持ちを伝えられるか?・・・「表現力」が大切
 ―― 最近は書くことがほとんどメールの時代ですが、話し言葉の曖昧さはメールにすると伝わるかなと思いますが。
高瀬:ところが、メールではその性質上、ニュアンスが伝わり難い面もあるので要注意です。メールは熟慮せずに書きがちです。主語の省略や読点の位置、語順の吟味などを十分に行わないので、誤解を招きやすいのです。メールより手紙の方がよく考えて書きますし、一定の型(フォーム)がありますので、まだ気持ちや真意が伝わり易いと思います。
 また、携帯メールでは、活字だけでは伝わりにくい表情や気持ちを伝えるために、顔文字や絵文字をよく使っています。しかし、基本的に携帯メールというのは即時性を重んじた伝達ツールで、じっくり気持ちを伝えるという役割では使っていないように思います。
  メールでも手紙でも会話でも、気持ちを伝えるにはしっかりした表現力が必要になります。話し言葉の曖昧さをクリアするのも同様です。従って、ツールの問題というよりも、本人の表現力による面が大きいと思います。

◆コミュニケーション能力と読書離れの関係は?
 ―― 情報が新聞、雑誌を読まなくても得られる。ベストセラーも数年もしないうちにTVドラマや映画でみる時代ですので、読書する人は少ない。ある調査では1か月に1冊も本を読まない学生が1/3もいるという読書離れも問題となっています。
 昔、文章を読むだけで人物と光景が浮かんできて、文章の力ってすごいなと思ったことがあります。今は著名な小説がダイジェスト版になっていたり、映像になっていたりして、本を読まなくても、違ったメディアによって内容がわかる。これって文学でしょうか。
 高瀬:文学は、詩や漢詩などはもちろん範囲内ですし、脚本家がシナリオを書いて映画や芝居として表現することもあるので、これらも文学の範疇といえます。
 例えば、谷崎潤一郎は、大正9年に大正活映(株)に入り、顧問のような立場で映画を撮っていますし、円地文子は室生犀星原作の『舌を?み切った女』のような作品を脚色し、歌舞伎の舞台に上げています。文学はそれらも包含しますが、何処までが誰のものか分かっていないような場合には、線引きが難しい部分もあります。
 読書離れの問題に絡めれば、文学作品には、さまざまな人生を追体験させてくれる効用があり、一度しかない私たちの人生を豊かにしてくれます。さらに、困難に陥ったときには、多様な作品たちが、どこかから人生の知恵となって囁いてくれることもあります。東日本大震災後の社会においても「想像力の欠如」が指摘されていますが、そのような力は、主に活字である「文学作品を読む」ことから得られるものだと思います。そういう観点から述べれば、最初はいかなるメディアで接するにせよ、原典である文学作品にも親しむきっかけとなれば良いと思います。

◆「ゆとり世代」の学生にも「緊張感と向上心」
 ――「ゆとり世代」が大学に進学し、ご苦労が多いと思いますが。最近の学生事情や大学の具体的取り組みをお話いただけませんか。
 高瀬:「ゆとり教育」の影響は確かに高等教育機関にも及んでいます。大学では自学自習を尊重すべしとのご意見もありますし、自主自立の姿勢を身につけることは大切ですが、それで放置したのでは、現在の学生たちの本来の力も見えてきませんし、実力も育ちません。
 私のところでは担任制により、一人一人の個性に合わせた指導をしています。短大生は1年経たないうちに就活の時期を迎えますので、教える側にも学生側にも、学部生以上に緊張感があります。
 学生たちに、高校までにどれだけの文章を書いたかと尋ねると、ほとんどは(原稿用紙)2〜3枚と答えます。昔と比べると、明らかに文章力が落ちており、長文を不得手とする者も増えています。
 文科省は、「ゆとり教育」で「個性を重んじる」教育を実現させるつもりだったと思うのですが、肝心の「基礎学力の充実」を後退させてしまいました。そのことによって自信の持てない子どもたちは、個性どころか周囲から逸れることのないように、はみ出すことを嫌い、画一的であることの方に心地よさを覚えるようになったと思います。学生たちとの話し合いの中で気がついたことですが、「マニュアル」に頼り、検索して「コピペ」し、ゲームですら「攻略本」に頼る世代です。
  しかしながら、学生たちは、「ゆとり世代」と呼ばれることに複雑な思いを持ち、危機感も向上心も持ち合わせています。

◆自分らしさを引き出す文章力教育の実践
 高瀬:そこで、あるテーマで文章を書かせて、それをメールで提出させ、こちらでとりまとめて見せたところ、学生たち自身で、それらが如何に没個性的な文章であるかに気が付いてくれました。 「いかに良いことが書いてあっても、こんな書き出しで、続きを読む気がする?」 「最初の2〜3行はつかみでしょ。読者の心をつかまないとね。」 「もっと自分を出しなさい。文章は自分らしくていいのよ。」 学生たち同士で合評し合い、同じテーマで書いていても、いろんな意見や感性があることに気づき、仲間の文章を批評しつつも尊重し、それぞれに工夫してあれこれ文章を書いているうちに、学生たちはだんだん変わってきます。1年も経つと、自分でテーマを選んでいろんな文章が書けるようになっています。2年生になると記事の企画やラフ案なども書いて小冊子を作ることもしますが、学部の3、4年生より明らかに出来が良くなります。実際に企業の方からお褒めの言葉をいただいています。

 ・・・文章力教育の具体的事例をお聞きしましたが、「読み手を意識して文章を書く」こと、「聴き手を意識して話をする」ことなどコミュニケーションのごく基本のことですが、それを「知識としてではなく、文章を書くことの訓練を通して身につけること」が大切ということですね。一人ひとりをフォローアップしているご努力と情熱にも感心しました。 いろいろ含蓄ある貴重なお話をいただき有難うございました。 (文責;高田敬輔)

ご参考;◇キャンパスアサヒ・コムより
  「学生の企画によるるるぶ特別編集「るるぶJISSEN」第二弾を発行!」
  http://www.asahi.com/ad/clients/campusasahicom/report/
◇実践女子短期大学
 http://www.jissen.ac.jp/jpn/top/05/index.php

P真理子プロフィール
ニ水高校(30期、昭和53年)―実践女子短期大学を経て、実践女子大学大学院文学研究科修士課程修了。
実践女子短期大学 日本語コミュニケーション学科 教授。
2009年度から大田区立郷土博物館「馬込文士村資産化事業」の資料調査団長。
著書に『室生犀星の世界』(共著;室生犀星学会編)、『室生犀星研究――小説的世界の生成と展開』(単著)


『室生犀星研究 ――小説的世界の生成と展開――』
出版社 翰林書房 (06−3初版)
価格 5,520円(税込)
<著者コメント>
 皆さんにとって、金沢の三文豪はどのような存在ですか。高校時代、犀星詩の合唱曲「犀川」を歌ったことや、二水合唱部の部歌の歌詞の中間部に「小景異情」の一節が挿入されていたことは、私にとって、たいへん新鮮な室生犀星との出会いでした。
 風土を知っているということは、文学を知る上でとても重要なことです。なぜなら、文学は、人間とはどういう存在であるかを知るための「無用の用」の学問であり、金沢の風土も文化もその作家を考える上で重要な要素だからです。もちろん、その生きた時代や育った環境も作家に大きな影響を与えます。つまり、それらのことは、一人の作家を考える上で重要であるばかりでなく、一人一人の人間の生き方を考える上でも大切なことです。
 作品から立ち上る劣等意識や恋の苦しみ、親への反抗、理解を阻まれて感じる疎外感などは、犀星のものであると同時に、皆さんの心のどこかにも覚えのあるものだと思います。 作品や周辺資料を丹念に読み解きながら、犀星の文学世界を明らかにし、また、芥川龍之介や萩原朔太カなど、文学者同士の人間関係にも光を当てました。
 拙著が犀星研究のスタンダードとして認められたことに満足し、安堵すると同時に、そこから見えてきた課題にこの先も取り組んでいきたいと思います。 (二水高校同窓会HPより)


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