からたちサロン26
ふるさとを出でて・・・「TAKAMINE-アメリカに桜を咲かせた男」
◇今井清博(13期)

法政大学生命科学部教授
(分子生体機能学研究室)
 ワシントンD.C.の桜と言えば尾崎東京市長の寄贈と伝えられる。しかし、その実現に向けて高峰譲吉の並みならぬ苦労話があったとは・・・中高時代に高峰賞受賞された今井清博さん(13期)にとっては見過ごせない映画、感激もひとしおだったと思います。また来年2012年はワシントンの「さくら植樹100周年」、譲吉の偉業をふりかえるのも一興です。
(サロンマスター 高田敬輔)


 去る5月27日(金)の夜、私はいつものように単身赴任先の東京から大阪・吹田の自宅に帰ってきた。朝日新聞の夕刊を広げると、映画「TAKAMINE−アメリカに桜を咲かせた男」の広告がなんと半ページの大きさで目に飛び込んできた。そこには、「百年前、日米の懸け橋に尽力した一人の日本人がいた。高峰譲吉−世界中の人々を救い、平和のために立ち上がった明治人」という文字が躍っていた。翌日から封切りとか。
 実は、この映画より先に制作された「さくら、さくら−サムライ化学者 高峰譲吉の生涯」が、この3月に銀座で上映されていて、是非観たいと思いながら、この度の東日本大震災の影響で観そびれてしまっていた。「TAKAMINE」はニ水関東メールマガジン第25号(2011年5月24日)でも紹介されていたことを思い出して観ることになった。 監督は第1作の「さくら、さくら」と同じ市川 徹、譲吉を演ずる主役は長谷川初範。


◆科学者であり実業家でもあった
 冒頭は江戸時代末期の「泣き一揆」。米の不作で生活が困窮した庶民約2,000人が松明をもって金沢の卯辰山に登り、城に向かって米の解放を訴えて叫ぶシーン。これを目撃した幼い譲吉にこの光景が焼き付けられ、後に代々の医者ではなくて大勢の庶民を豊かにすることができる化学者を目指すことになったという。同じく幼い頃、この一揆の首謀者であった父が処刑されたために、恵まれた環境で育つ譲吉を心から恨む植木職人の村井六郎がいた。頑固一徹の彼は、大けがを負った息子が譲吉が結晶化に成功したアドレナリンという止血剤で命を取り留めたことがきっかけで、譲吉の味方をするようになる。譲吉は日本とアメリカの懸け橋にと思って、ワシントンのポトマック河畔を桜で埋めようと、2千本の桜の苗木を送るが、害虫が付いていて陸揚げ前に焼却処分に。それでもあきらめないで、村井達の植木職人の努力によって害虫のない苗木を送ることに成功した。譲吉はこの事業に私財を投げ打った。
 譲吉は大物の外交官、実業家たちと親交があり、民間人の立場から日本とアメリカの友好親善に尽くして「無冠の大使」と呼ばれた。彼はまた、豊田佐吉(トヨタ自動車の創業者)や桜井錠二(金沢出身の化学者。譲吉と共に理化学研究所を設立した。)らとも親密にしていて、常に日本独自の産業や学問の発展を目指していた。譲吉のタカジアスターゼ消化薬の発明、アドレナリンの結晶化などの業績は、公平な目で見れば十分に当時のノーベル賞受賞に値したと思われる。現在、生理学や医学で用いられている「エピネフリン」というホルモンの名称は、実は譲吉のライバルであったアメリカ人による言われ無き中傷によるものであり、譲吉の命名したオリジナルの「アドレナリン」という用語を使うように諸外国に働きかけていく努力が必要ではなかろうか。

 「Try Try Again」

 映画のなかでしばしば叫ばれる、"Try Try Again"という言葉は、まだ日本人に対する偏見がはびこっていたアメリカでの譲吉の苦労と絶え間ない努力から発せられたものである。それは、いわば北陸人特有の忍耐強さでもあったと、私は思う。いま、日本は未曾有の災いと闘い、産業が停滞し、若者は就職難で大変な時期だからこそ、また、来年にポトマックの桜100周年を迎えるいま、私たちは明治の建国の時の原点に立ち、譲吉の言葉をかみしめる必要があるのではなかろうか。  郷土の生んだ高峰博士にあこがれて生命科学の道を歩んできた自分にとって、この映画によって博士の偉大さを改めて認識することになるとともに、今まで忘れていた大切なことを思い出させるきっかけとなった気がする。

"日の本の 麹かびより いと強く
 いと新らしき 人類のくすり
 見出でて すこやかさ
 世に与へたる きみはしも
 ここに育ちぬ"

 これは高峰賞の授賞式で二水高校合唱部が歌った「高峰博士を讃える歌」の歌詞である。映画の中で、加賀の国で起こった安政の一揆(1858年)の因縁で、譲吉を逆恨みしていた村井六郎の息子の命が、譲吉が人類のために開発した医薬品アドレナリンによって救われるシーンがあり、この曲が頭の中で大音響で鳴り響いて、思わず目頭が熱くなった。
 私は第1作を観ないで今回の第2作を先に観ることになった。しかし、「サムライ化学者、高峰博士」という本(北国新聞社編集局編、時鐘舎発行)を予め読んでいたので、映画の筋は良く理解できた。この本は、高峰賞を志す子どもをもつ家族の会話と行動でストーリーが進行する設定になっている。その中で、譲吉が明治に発売された「花王石鹸」の成分分析を行い、品質の高さを証明したことが書かれているが、実は私が中学で高峰賞を受賞したときの研究テーマが「中性洗剤の研究」であったことを考えると、何か不思議な巡り合わせのようなものを感じるのである。



◇映画 TAKAMINE公式サイト
 http://j-takamine.com/
◇Blog「LOVE Cinemas 調布」
  http://sorette.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/takamine-9161.html 
◇NPO法人 高峰譲吉博士研究会
 http://www.npo-takamine.org/index.html
◇高峰博士を讃える歌(ニ水合唱部の歌が聴けます)
  http://www4.city.kanazawa.lg.jp/39019/contents/doctor.html 
◇今井清博プロフィール
 金石中学―二水高校―大阪大学基礎工学部―大学院卒、大阪大学医学部、大学院生命機能研究科を経て、2002年より法政大学工学部教授。2008年より現職。 「からたちサロン」に「ふるさとを出でて・・・シリーズ」執筆中




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