からたちサロン24
服つくりに生きて・・・からたち美術展
◇千田芳江(5期)
 (社)日本洋装協会会長        
 平成18年黄綬褒章受章
 「洋裁の現代の名工」千田芳江さんの作品2点が「第一回からたち美術展」に出展されました。今夏、ローマの世界大会出展のイブニングドレスと、一昨年世界大会に出展したスーツです。私も会場で気品高い芸術作品の前に立ったとき、高貴な方にお目にかかったように思わず見惚れてしまいました。 今回の寄稿を拝読して、一つひとつの作品のモチーフや、素材選択など創造過程での苦労話などに感心するばかりか、洋服に対する審美眼も良くなったように思いました
(紹介者;サロンマスター高田敬輔)


 私は3月8日から6日間、金沢市の21世紀美術館で開催された「第1回からたち美術展」にイブニングドレスとスーツを出品させて頂きました。
 初日から大勢の入場者が訪れ、期間中は合計4000人を超えたそうです。美しい文化の都金沢・固い絆で結ばれた心温かな人々・さらに二水高校出身の人材の豊かさなどにふれ、感激も一入でした。
 しかし4日目の11日、突然東日本を千年に一度と言われる大地震、大津波、原発事故が襲いました。被災地は瓦礫の荒野、2万数千人の犠牲者、さらに避難を続けなくてはならない多くの人たちの苦しみ悲しみ。そして被災地をふるさとに持つ人たちの心の内を思うと、かける言葉もありません。
 美術館に作品を飾ったまま、松戸に一時帰宅していた私は、作品を引き揚げるためにもう一度金沢に行く予定でした。けれど、その状況ではなくなり、二水同窓会のお世話役の皆様にご迷惑をかけてしまいました。また知己の人たちにもお世話になりました。
 ふるさと金沢を心の支えにして、二水高校の出身であることを誇りに思い、生きる力を頂いていることに感謝しながら、私の展示作品を紹介させて頂きます。

イブニングドレス〈富士山〉
 1年前から、テーマを「富士山」と決め、ずっと構想を練って来ました。山頂の輝く白と中腹からのどっしりと落ち着いた気品豊かな山容、裾野に四季を織りなす綾錦。
 当初は絵画や、映像のようなイメージが頭から離れませんでした。そして身の程を越えたテーマを選んだことを反省し、進めなくなった日もありました。
 メインのテーマには10年以上も前から持っていた生地を用いました。緑がかった茶色の絹と 麻の混紡の織地に、モスグリーンの小さなぺーズリー柄と青い小花の刺繍が全体に施 してあるフランス製の生地です。

 一昨年、東京六本木の泉屋博古館(せんおくはくこかん)で開催された共立女子大学コレクション「華麗なる装いの世界」で、江戸・明治・大正時代の内掛、小袖、帯などを見学する機会がありました。
 豪華な小袖や内掛が並ぶ中に「濃茶地蕗模様(こいちゃじふきもよう)の帯」が展示されていました。その帯が地味な色彩で面積も少ないのに、凛として輝き、あたりの空気を集約しているように見え、私は暫くそばを離れられませんでした。 私の手持ちの生地はその帯によく似ており、日本の伝統の柄が海外に流れ、逆輸入されたものと見受けられます。生地にもTPOがあり、長い間このチャンスを待っていたであろう生地に対して,やっと責任を果たせる時が来ました。
 さて、この生地に麓の景色を表す色合いの生地をいろいろ合わせて見ましたが、どれも品格にふさわしい直感が得られませんでした。ところが買い集めた生地を掻き回しているうちに、はっと気付きました。「見た目の姿を写すのでなく、私の心にしか見えないイメージを、そしてメッセージを表現すべきなのだ」と。富士山を崇拝し愛して、その姿形が永遠に変わらないようにとの祈りを込めて・・・。

 ようやく迷い道から脱出できたのは2月の半ばも過ぎていました。発想の骨子が固まると、すぐ傍らにあった「クリスタルジェイ」のライトストーンと新発売のリボンが初めて目にとまりました。この生地に添えるものはこれしかないと採用。このリボンがこのように使用されたことについて、提供した業者も非常に満足していました。
 また帽子は、中腹にたなびく雲とともに富士山の屹立と尊厳の表現です。これは幼友達の宮野敏夫氏(注1)に製作をお願いしました。氏は石川県立工芸高校図案課卒業後、帽子の大家、平田暁夫氏の下で研鑽を積み、皇族や女優をはじめ、オペラ、演劇などの被り物を担当する業界では著名な作家です。
 このイブニングドレスは、今年の8月前半にローマで開催される「第34回注文服業者連盟世界大会(注2)」に日本代表の作品として出品することが決まりました。 この時期、日本の注文服業者が紳士服、婦人服とともに健在であることをアピールする意味でも、必ず良い成果を得られるものと期待しています。


イブニングドレス(富士山)


スーツ〈いろは歌・刺繍〉
 このスーツは、2009年ザルツブルグにて開催された「第33回世界注文服業者連盟世界大会」に参加した時の私の作品です。
 14参加国から紳士服・婦人服1点ずつを同一の生地で製作し、比較審査部門で競い合いました。
 配布された素材はアニオナ(イタリー製)の白いウール地です。テーマを「日本の文化」と決め、襟は青い麻地に草書で書いた文字を、家庭用特殊ミシンで刺繍しました。
 その時、私が主宰する洋裁教室の生徒さん達に「いろは歌」を知っているかと聞いて見ました。驚いたことに40歳代以降の若い人たちは「いろは歌」をよく知らないのです。
 私たちは子供の頃から「いろは歌」を暗唱し、成人になってから「今様の曲」につけて唄ったこともあります。
 「いろはかるた」などを通して家族や社会から自然に教わったものでした。「イロハ」は今も文書の整理や、土地区分けの番地ナンバーにも使われています。
  「いろは歌」は日本のすばらしい文化の根源として、後世に伝えて行かなくてはならない。その想いを作品に織り込みました。
 ともあれ、あの世界大会では、「いろは歌」は理解されなかったと思いますが、ひときわ大きな拍手喝采が起き、ランチの時にはドイツの人たちから「ナンバーワン」と褒めていただきました。



スーツ(いろは歌・刺繍)

襟は青い麻地に「いろはに・・・」の刺繍




注1 宮野敏夫  http://toshi.ciao.jp/pro.html

注2)世界注文服業者連盟世界大会(本部イタリア)
西暦1910年から始まり2回の世界大戦を経て、ずっと2年に一度開催されています。世界大会のない隔年にはアジア大会が行われ、いずれの大会でも日本の技術が一番高い評価を得ています。今夏のローマ大会でも、現地イタリアの業界の国を挙げての歓迎と、最高のもてなしが期待されています。滞在中は数多くのイベントとファッションショーが行われ、パーテイや観光もスケジュールに含まれています。

◇プロフィール
ニ水高校(5期生、文芸部)卒−セーヌ洋裁学園経営、日本洋装協会会長、平成15年国の卓越技能章受章(現代の名工)、平成18年黄綬褒章受章。
千田さん談「小さい頃、布切れで人形を作ってよく遊びました。梨農家だったので、戦後、梨袋つくりにミシンを使い始めたので、私もミシンがけが大好きになり、小学5年生のころから洋服が作れるようになりました。高校では制服があったのですが、自分でデザインした洋服を着ていきました。セーラー服の黒い線を白くしたり、黒いネクタイを白に変えたりと工夫することができ、自由奔放な時代でした」・・・北陸放送ラジオ番組「ふるさと」(去る4月10日放送より)
参考URL http://www.living-life.net/seine/

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