からたちサロン23
ふるさとを出でて・・・「蜂と神さま」といのちの科学
◇今井清博(13期)

法政大学生命科学部教授
(分子生体機能学研究室)
 金子みすずの詩「こだまでしょうか」というTVCMが大震災の復興を元気づけています。今井清博さん(高峰賞、13期)は福島の高校で生命科学について授業をすることになり、新井満の「千の風になって」と金子みすずの「蜂と神さま」の歌詞から命の大切さを説き、生命科学の面白さと、第二の野口英世が出るよう激励したそうです。
(サロンマスター 高田敬輔)


 私は2008年5月半ばのある日の午後、福島県は郡山市のある県立高校の体育館で大勢の生徒を前にして立っていた。
 この日、勤務している東京の大学からの派遣で、この高校の3年生を対象に模擬授業を行うことになっていた。郡山市は東京駅から東北新幹線で約1時間20分の道のり。市街地のはずれにあるこの高校は、80年の歴史を誇る県立の進学校である。
 高校側から見ると、生徒に大学教員の授業を聞かせることによって、学問への興味が湧き、進学意欲が増し、今後の進路指導に役立つこと、また、大学側から見ると、少子化で受験者の確保が困難な時期に大学の宣伝になる、という具合に相互に有益であった。
 特に、私の大学では新しく生命科学部が発足したばかりで、優秀な学生を集めるのが使命であった。
 かくして、私は初夏に初めて訪れた高校で、300余名の生徒を相手に80分間の授業を行うことになった。講義場所の体育館に入ると、床の上に座った生徒達は、予め配布されていた大学案内のパンフレットをパラパラめくっていた。
 私は持参したパソコンを用いて、予め準備した講義内容をスクリーンに映しながら授業を始めた。タイトルは、"生命科学は面白い"。


◆新井満「千の風になって」
 ただでさえ午後の眠気を催す時間帯に、この大勢の生徒達を眠らせないで長時間の講義を聴いてもらうのは並大抵なことではない。
 私はいきなり、「千の風になって」の英語でかかれた詩の原文"A thousand winds"をスクリーンに映して、近くに座っている生徒達の顔をのぞきながら、「これは何でしょう?」と尋ねた。
 しばらくして、「千の風...」という声が聞こえてきたので、 「そうです。これは皆さんが良く知っている『千の風になって』の原文です。作者不詳となっていますね。この詩の新井 満さんによる日本語訳が秋川雅史さんによって歌われて大ヒットしましたね」 と言いつつ、歌詞の日本語訳のスライドに切り替えて、 「皆さん、この歌がはやったせいで、墓石が売れなくなって業者が困っていることを知っていますか? だって、折角お墓を建てても、その中にはご本人がいませんからね」  と、余談を交えつつ、さらにたたみかけるように、 「この歌を聞いた人達の多くの方々が、この歌によって励まされ、勇気が湧いてきたと言っています。亡くなった人は、じつは死んでいなくて、千の風になり、また、光に、雪に、鳥に、星になって、いつもあなたのそばにいると言っています。ところで、皆さんは『いのち』についてどのように思いますか? 『いのち』って何だろうと考えたことがありますか?恐らく、皆さんはこれから一生、この問題について悩み続けることと思います」

◆金子みすず「蜂と神さま」
 ここで、生徒達の眼が次第に輝きを増すのを感じた。
  次に、金子みすずの「蜂と神さま」という詩

  蜂はお花のなかに、
  お花はお庭のなかに、
  お庭は土塀のなかに、
  土塀は町のなかに、
  町は日本の中に、
  日本は世界の中に、
  世界は神さまのなかに。
  そうして、そうして、神さまは、
  小ちゃな蜂のなかに。


 に、みすずの顔写真を添えたスライドを見せて、 「金子みすずを知っている人は手を挙げて・・・。ああ、何人かおられますね。金子みすずは若くして亡くなった天才的童謡詩人です。この詩で、彼女は、蜂やお花の命は庭や土塀や町や日本や世界や神さまの中に、そして、その神さまは蜂の中に、と歌っています。彼女にとって、命とはこの堂々巡りの中に有り、生物と無生物と神さまの間には何の壁もありません。皆さんはこのような『いのち』の考え方をどのように思いますか?この詩のとおりだと死ぬのは怖くないと思うかも知れませんが、やはり死ぬのは怖いですよね。『いのち』って何でしょうか?」と、話ながら、ぐるっと見渡すと、ハンカチを眼に当てている女子生徒が目に入った。
 他の何人かの生徒も眼を潤ませている。
 しめた!と思った。これで、私の模擬授業のイントロ(導入部)は目的を達したことになる。

◆いのちの科学を目指して
 その後、本題に入り、私は金沢で生まれた自分の生い立ちから始めて、能登や金沢での少年時代になぜ自然科学者を目指すようになったか、なぜ自分が当初の専門の電気工学を捨てて生命科学を目指すことになったのかを、自分の体験を交えて説明し、体をつくる70兆個の細胞一個一個の中では宇宙のような複雑なことが起こっていて、そんなことを考えると自分の命を粗末にしてはいけないと訴えた。
 そして、科学によって破壊された自然環境は科学によって修復すべきであり、現在の世の中ほど生命科学を必要としている時代はないということ、自分は加賀が生んだ高峰譲吉博士にあこがれて生命科学を目指してきたが、ここにいる人たちの中から何人かこの分野を目指す人が出て、福島県の生んだ第二の野口英世が現れることを期待しています、そのためにはどうか私の大学へと、結ぶことで私の任務を終えた。
 この時から約3年後に未曾有の東日本大震災が起こり、福島県も甚大な被害を被った。テレビCMの「こだまでしょうかいいえ誰でも」を見るにつれ、あのとき私の授業を聴いてくれた生徒たちも金子みすずを思い出し、たくましく成長していることを祈っている。





今井清博さんのデジタル写真

「早暁の太鼓」(第1回からたち美術展に出品)

「野辺の秋」(第1回からたち美術展に出品)
冬の明け方に能登の見附島(軍艦島)で撮った写真に、別に輪島で撮った御陣乗太鼓の写真を、パソコンソフトを用いて重ねたデジタル写真です。 琵琶湖畔で撮った雨の月見草の写真に、三重県鈴鹿サーキットで催された熱気球コンテストの写真を、パソコンソフトを用いて重ねたデジタル写真です。2006年の二科展で奨励賞を受賞。
◇今井清博プロフィール
 金石中学―二水高校―大阪大学基礎工学部―大学院卒、大阪大学医学部、大学院生命機能研究科を経て、2002年より法政大学工学部教授。2008年より現職。 「からたちサロン」に「ふるさとを出でて・・・シリーズ」執筆中
 法政大学工学部生体物理化学研究室  http://www.k.hosei.ac.jp/ceng/fb/teacher/imai.html




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