からたちサロン22
「今、凛と輝く女性たち」対談余話
キャスター 国谷裕子
◇坂井茂樹(17期)

鰹、工中金経済研究所長

元「商工ジャーナル」
発行・編集人
坂井茂樹さん(17期、前二水高校同窓会関東支部長)は「商工ジャーナル」誌の連載「今を語る」で、多くの著名人と対談され、その時の印象や余談を寄稿いただいています。4人目は「NHKクローズアップ現代」の国谷裕子さん。このたび2011年度記者クラブ賞の受賞が決まりました。対談ではコミュニケーションが話題となり、「人々の働き方」や「傾聴する力」について示唆に富んだお話です。「どんなテーマにも全力で向き合う」と応えてくださったプロ魂にも好感を持ちました。・・・
(サロンマスター 高田敬輔)


3,000回達成の長寿人気番組「クローズアップ現代」
  政治、経済、国際問題など様々な分野の問題を、分かりやすく伝えるとともに、視聴者にしっかりと物事の本質を考えさせる話を相手から引き出す名インタビュアー国谷裕子さんをインタビューするという嬉しい機会を得た。 このインタビューの日時が決まっていた日の前日に、急用のため帰省することになったが、国谷さんには何としても時間通りにお会いしたいとの強い思いがあり、夜行で東京に戻り、朝9時の予定時間ぎりぎりに、渋谷のエクセルホテル東急リーフルームへと滑り込んだ。
 既にあの穏やかな顔立ちの国谷さんは、一人の男性と待ち受けてくださっていた。名刺交換でこの男性はNHKの番組担当局長で、この日「クローズアップ現代」収録のために午前11時までに局入りできるようにと付き添いながらも、国谷さんへのインタビュー中、メガネ越しに、こちらの人となりと話の内容をチェックするかのような鋭い眼差しで部屋の片隅に腰掛けていた。
 こうした監視下(?)でのインタビューははじめてのことであったが、テーブルを挟んで直ぐ目の前に座る理知的で清楚な整った顔立ちの国谷さんは、インタビュアーである私の饒舌な質問をじっくりと慈愛に満ちた黒い瞳で大きく頷きながら聞かれ、まことに丁寧に答えてくださった。
 話が弾むにつれ、私はすっかりこの監視者の存在も忘れ、国谷さんの虜になってしまった。特にコミュニケーションの話に及んだ時には得心させられ、かくあれば「クローズアップ現代」に出演されるゲストの方々も、きっと国谷さんの虜になって本心をさらけ出し語ってしまうに相違ないと感じたものである。

 「クローズアップ現代」はご承知のように、1989年に「昭和」から「平成」となる。東西冷戦の終焉、日本のバブル崩壊等、これまでの日本のありようが大きく変革していく兆しの中、NHKが夜9時台の番組改編をし、ワンテーマでニュースのテレビで流れているものは一体何かということを切り出しクローズアップし、新しく日本を見直そうと始められた番組である。1993年4月5日に始まり、1998年11月に1000回、2001年11月に1500回、2004年11月に2000回、そして2011年2月には3000回という偉業を達成し、この種のものとして見事というほかはない長寿人気番組となっている。2002年には〈国谷裕子と「クローズアップ現代」製作スタッフ〉に対して菊池寛賞が贈られ、つい4月22日には国谷さんの2011年度記者クラブ賞が決まった。

◆バブル崩壊で変わった「働き方の意識」
 
国谷さんは、バブル崩壊前後で特にここが変わったと思われるものとして、「人々の働き方、雇用のあり方が、一番変わったこと」を挙げる。
 ホワイトカラーのリストラ、M&A、企業の切り売りや、企業のトップに外資系出身者が就任するのも当り前になってきたこと、また年功序列、右肩上がりの賃金、終身雇用という、これまで当り前だったことがなくなっただけでなく、今や、同じサラリーマンといっても、正社員もいれば契約社員もいる。派遣もいるしアルバイトもいる。そういう人が入り乱れて、社内で働く。ある意味では企業の働かせ方も多様になり、働く人の選択肢も増えてきた。
 こうした就業形態の変化により、何か心の安定感が揺らぎ、何かが失われてきたという思いが、「失われた10年」あるいは「失われた20年」という言葉に繋がっているのではなかろうかと、私のいつもの悪い癖で、当初のインタビュー事項を越えて話が飛ぶことにも、少しもいやな顔をなさらず答えてくださった。

  「自分達の世代は、自分たちの生活設計について、親の人生設計を見て育った世代と思われます。自分は親がやってきたように、いい学校に入って、いい会社に入る。あるいは一つの企業に勤めていれば、年金もずっともらえて、最後まである程度の人生の先行きが見える世代だと思うが、今はやはり、自分の力で、自己責任で自分の人生は切り開いていくため、自分にとっての人生の先行きが安定か分かりづらい、そういう意味での不安感をもっていると思う。だから、人生設計を本当に一本のルートと思っていたものが、ハイウエイもあるし、泥道もある、普通の地道もある、迂回路も自由という人もいるでしょうし、選択肢が一杯あります。だが、その時に自分が正しい選択をしたと思ったのに、実は再チャレンジというか、やり直しをしなければならないこともある。そのとき、本当にやり直しの効く社会になったのかと思うと、そうではなかった。だから今の大学生も、やはり安定というものを、凄くむしろ重視するようになってきた気がする。それだけに不安感が強いのではないかと思うのですけれど・・。」と真剣な表情でご自分の感想を語ってくださる。
(坂井注;インタビューが数年前だったので、こんな話だったが、いまの学生は終身雇用、大企業志向が非常に強くなっているようです) 。

◆ニュースの「ひだ」から本音を聴く
 
「クローズアップ現代」は他のニュース解説番組と異なり、ニュースの裏側というか、「ひだ」のようなところをさらっと引き出し、当事者に本音部分を吐露させるところが魅力的ですねというと、「嬉しいですね、そういう言い方をしていただくと」と相好を崩される。
 さらにそのようなインタビューは国谷さんの持って生れた独特の持ち味なのでしょうが、何千回もやっておられるうちに出てこられたのでしょうかと尋ねると、「何でしょうねえ。自分ではどうなっているのかなかなか分からないのですが、ただ、ビッグインタビューのときには、全く打合せをする時間はありません。でも、大方の場合、専門家の方に出ていただくときは、番組放送前の一時間前ぐらい、ブレーンストーミングをさせていただくんです。その人がそのテーマについて問題点と思っているところは一体何で、今の時点で何が大切だと思っていらっしゃるのか、一番何をおっしゃりたいのか、その方がずっとその現場におられて考え方、哲学的なものは何かということについて、徹底的にブレーンストーミングします。その中でお互いの信頼関係をつくり、番組の8分、9分の中で何を言っていただければ、その人らしい表情が出るのか、その人の一番思いが伝わる話をしてくれる質問が出来るのかを煮詰めていくプロセスを大事にしているのです」と語って下さる。

◆コミュニケーションは「聴く力」
 コミュニケーション論に入ると、流石に核心を突き、私の気持ちを引き込んでいく大変参考になる内容だ。
  「コミュニケーションというのは話すということではなく、相手の話をどこまで聴けるかという
『聴く能力』だと思います。人が話しているときに、どうしても『次、自分は何を言おうか』とか、『このことに対して、こういうリアクションをすると馬鹿にされるかも』とか、そういうことが頭の中をよぎっていると、大切な話が何も聞こえてきません。
 大切な話を聴くためには、やはり自分で何を言おうかということを用意しますが、一旦面と向かって、その方と向き合った途端に、なるべく自分の用意したシナリオは忘れることにして、そのお話というのも言葉だけに集中するのではなく、
どのような表情で話をしていて、どのような身振り手振りをしているのかというListenという話と、本当に耳でListenするのと、体全体でHeartするという『聴く力』、耳偏の聴く力ということを、やはり全身から来るコミュニケーションに、ものすごく神経を集中する。そうすると、言葉ではこういっているが、実は心の中では少し違うことを思っているのではないかというのが、一寸ずつ見えてきます。
 予め、プロデューサー等から、その人がこう言うよというようなメモが用意されますが、
自分の耳と目で確認しないと、生放送ですから、実はこの人は言ったこととは違ったのだけれども、話の筋としてはこの方が整っているということで、まとめる可能性もあります。この人がエピソードを語るときの表情が生き生きとしていて、若干論旨がずれても、テレビというのは人をひきつける話というものの方がビビッドですからね。」

 「コミュニケーションというのは、
まず自分が情熱を持って、この人に聞きたい、この人のことを知りたいと思うこととか、相手にもこの人だったら言わせたい、言ってあげたいと思ってもらう。
 また、ここまでの話をしようかなと思っている人に、もう一歩深く他の人に答えた以上の話をしてもらうためには、どうしたらいいのかということに勝負をかけるので、
徹底的に調べるし、既におっしゃった発言というものは予め頭に入れて、そこからどこまで踏み出せるかというのは、ある意味ではこちらの情熱としつこさ。だから私はしつこいですよ。
 私のインタビューは、同じことばかり、『同じ質問、さっき答えたじゃないか』ということを違う角度から何度でも聞きます。でもそうすると、やはり新しい言葉が出てくる。聞きたいことは徹底的に、納得のいくまで、だから割りと絞って、あれもこれもと網羅的に聞くのではなく、一つのテーマに対して、横から下から、上からと聴きます。すると本音が出てくるんです」
と語る。
  国谷さんの話を窺っているとコミュニケーションは想像力にものすごく関連していることが分かる。「その人の置かれている立場、あるいは番組の中で、一部しか取り上げていないが、その後ろに広がっている事項の深刻さや、その影響をどこまで視聴者に理解して頂けるかというところをすごく大事にしており、ゲストとのコミュニケーションの中で、どこまで自分が想像力を働かせながら話を進めるかということに大変神経を使っています」という。 そして、インタビューする前には自分の話す言葉はすべて自分の手で書き、声を出して読む。言葉が自分のものになっているかどうかを確認するという。 国谷さんご自身が帰国子女であり、日本の学校教育を数年しか受けていないというある種のコンプレックスを乗り越えるため、ご自分で会得した処方であろう。

◆テーマに全力で向き合う
 ある月刊誌に「プロの仕事人は、矛盾と疲れを自覚しつつ、また一歩高みへと上り詰めんといかんとする存在であるとするなら、彼女もまたそのような人である」と国谷さんを紹介していたが、まさにその人である。
 ご自分の気分転換としては、生放送を毎日しているので、自分よりも生で勝負している人たちの姿を見るのが好きだとおっしゃる。劇場に行き演劇を見たり、音楽を聴いたりして、照明、大道具、衣裳、役者、オーケストラなど、本当にものすごく一糸乱れぬテンポで、場面をよどみなく流していくという。

  「こんなにしゃべって、よくとちらないな」とか「よく台詞が真っ白にならないな」特に、シェクスピアなどもう台詞の連続で、こうやって表情も変え、役になりきりながら膨大な量の台詞を言う。そのパフォーマンスにすごく勇気づけられます。海外の出し物、日本の出し物は問わず、時間が許すかぎり劇場に行きます。そこの躍動感とか、特に演劇は大好きだと趣味について語る姿も真摯である。
 月曜から木曜まで毎日かなり重い異なるテーマをこなしていく秘訣について問うと、当日の12時から、当日の番組だけにバーッとシフトし、何とかそのテーマに集中することだという。

 その代わり忘れるのも早い。入れては忘れ、入れては忘れ、消去が早すぎるからできるのだとさらりと言われる。
  「毎日のその日を、とにかく自分が精一杯その日をやるだけです。時間に限りがあるのですけれども、自分の体力と気力が許す限り、そのテーマに全力で向き合えた、向き合った結果を出しているのだということは、自分でしか納得させることが出来ません。だから、多分仕事というものは皆そうではないかと思うのですが、やはり自分を信じてやるしかないですね」「最後は、ここまで精一杯やったんだから、出来るはずだと思って、カメラの前に座るのです」
 チャンスというのは、そう簡単には巡ってくるものではないが、偶々巡ってきたチャンスを精一杯生かさないと後悔する。それで巡ってきたチャンスに精一杯向かっていくと、何となく自分を信じられるようになっていくのかなということを、国谷さんご自身の経験の中にみる。
 更におまけつきで、私がこれからクローズアップ現代を見るたびにテレビに向かい手を振りますからねと笑っていうと、国谷さんは、私も「坂井さーん」とか言ってと、最後までお話しする相手の心をそらさない天女のような言辞に陶酔させられた一時間あまりの至福のインタビューであった。


 NHKクローズアップ現代 「Wikipediaフリー百科事典」から
NHKクローズアップ現代公式サイト

 国谷裕子 「Wikipediaフリー百科事典」から


写真は商工ジャーナル(2007年1月号)に掲載された「今を語る 全身からくるコミュニケーション」記事と国谷裕子さんプロフィール
(提供;商工ジャーナル)








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