からたちサロン21
ふるさとを出でて・・・ニッキの香り
◇今井清博(13期)

法政大学生命科学部教授
(分子生体機能学研究室)
 東京で散歩していると、時々、沈丁花(ジンチョウゲ)の匂いに誘われます。今井清博さん(高峰賞、13期)の語る「ニッキの香り」は、高校時代のニトロベンゼン合成の化学実験と、若くて優しかった恩師北村澄江先生の思い出です。「花の香り」は人には思い出まで運んでくれますね。
(サロンマスター 高田敬輔)


■ニトロベンゼン
 1968年1月。大阪府池田市の公立高校の理科実験室。私はその当時、大学院博士課程に在学しながら、この高校の非常勤講師として、2年生の化学を担当していた。この日の化学の授業は有機化学の実験で、ニトロベンゼンの合成を行った。濃硫酸と濃硝酸の混合液をベンゼンに加えて加温の後、ビーカーの水に落とすと、底に黄色い油状のニトロベンゼンが沈んだ。男女ほぼ同数のこのクラスは明るい雰囲気で、実験がうまくいくと、あちこちの班から歓声が挙がった。この実験のレポートを書かせて読むと、多くの生徒のニッキの香りがしたという感想文が目についた。
 私はその年の8年前の1960年1月のことを思い出していた。二水高校の2年生の化学の授業。その日は有機合成の実験で、ニトロベンゼンの合成を行った。その時は、ニッキというものを知らなくて、たとえようのない芳香に強烈な印象をもった。その頃はまた、香りのエッセンスである酢酸エチルの合成も行い、それらは有機合成のごく初歩であったが、その奥にある有機化学の世界をかいま見る気分であった。その8年後に、私は同じ実験を教える立場でやったことになる。

◆ニッキの香りで蘇る化学実験と修学旅行
 二水高校の化学は北村澄江先生に教わった。北村先生は若くて優しくて、生き生きした目で授業を行っておられた。私はその頃は今から思うに生意気盛りで、授業中にいろいろひねくった質問をして先生を困らせた記憶がある。いま思い出すと恥ずかしい。この化学の授業では、炎色反応、滴定による定量、無機イオンの分析、蛋白質の定性分析などの多くの実験が行われ、それらは今でも生きた化学の知識として教職の自分を支えている。
 その年の3月に、私たち2年生は北九州へ修学旅行に行った。神戸港から関西汽船の「むらさき丸」という大型客船に乗って、早朝、別府に。別府からバスで阿蘇山を横断して熊本、雲仙、長崎へ。帰りは夜行列車であった。バスガイドが歌った「田原坂」、「おてもやん」、「島原地方の子守歌」、「長崎ぶらぶら節」などの民謡が記憶に残った。それ以来、何故かニトロベンゼンのニッキの香りとこの旅行が結びついて離れない。今でも、ニッキの香りに出会う度に、二水高での化学の実験と共に、修学旅行のことやこれらの民謡などがありありと心に思い浮かぶのである。 うことになった。

◆理科の恩師小林先生と北村先生
 2006年4月、東京の法政大学に勤めていた私に二水高校から講演の依頼があった。進路指導の一環として、母校の後輩達に講演を行った。タイトルは「生命科学は面白い」。母校を去るとき、私は理科の恩師達の消息を尋ねた。生物の小林先生は残念ながらお亡くなりになっていたが、北村先生と物理の吉田先生はご健在とのことであった。その中でも北村先生は東京の町田市に住んでおられるとのこと。早速、北村先生を訪ねた。もう80歳を越えておられたが、お元気で最寄りの駅まで迎えに来て下さった。お目にかかるのは何と46年ぶりであった。私は昔に教わった化学の教科書を携えていった。それは手あかで汚れて、ボロボロになっていたが、中には思い出が一杯詰まっていた。先生は懐かしそうにそれをご覧になっていた。私が同窓会関東支部に仲間入れさせていただいたのは、北村先生にお目にかかったことから始まった。
 小林先生は、ATPという生体エネルギー通貨の概念や、まだ発表されて間もない遺伝子DNAのいわゆる二重らせんモデルの意味を熱っぽく語られていた。今思えば、20世紀自然科学の三大ニュースのひとつである分子生物学の夜明けをいち早く教えようとしておられたのである。吉田先生は、物理の授業で尋ねたいろいろな質問に的確に答えられた。余談でお話しされたカラーフィルムの小西六やアグファカラーなどの名前には、何十年も後で再会することになった。
 私が高校で教わった理科の授業は、今でも、私の教育・研究活動の血となり肉となっている。


写真はからたち美術展で挨拶される北村澄江先生
(3月8日「からたち美術展」オープニングパーティにて)
◇今井清博プロフィール
 金石中学―二水高校―大阪大学基礎工学部―大学院卒、大阪大学医学部、大学院生命機能研究科を経て、2002年より法政大学工学部教授。2008年より現職。 「からたちサロン」に「ふるさとを出でて・・・シリーズ」執筆中 「からたち関西11号」にもエッセイ発表 
 法政大学工学部生体物理化学研究室  http://www.k.hosei.ac.jp/ceng/fb/teacher/imai.html




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