からたちサロン20
「今、凛と輝く女性たち」対談余話
ヴァイオリニスト 千住眞理子
◇坂井茂樹(17期)

鰹、工中金経済研究所長

元「商工ジャーナル」
発行・編集人
坂井茂樹さん(17期、前二水高校同窓会関東支部長)は「商工ジャーナル」誌の連載「今を語る」で主インタビューアーをされ、掲題のタイトルで対談の印象を寄稿いただいています。
3人目はヴァイオリニストの千住眞理子さん。天才としての千住さんばかりでなく、その人柄、それを育てた厳格な家庭と家族愛に共感します。・・・
(サロンマスター 高田敬輔)


家族ぐるみのストラディヴァリウス
  近頃、この国は不穏な落着かない状況にあるような気がしてならない。しかし「父親の威厳、父への尊敬の念」「家族の絆」「家族愛」「兄弟愛」といった、かつてわが国の家族の美徳とされていたことが、千住家にはしっかり残されている。 インタビュー当日は、内心、このようなことを軸にお話を伺いたいと考えながら御茶ノ水駅のすぐ近くにある山の上ホテル本館2階の部屋に向かった。
 インタビューの前には、千住真理子さんがかの幻の名器アントニオ・ストラディヴァリウス作、愛称「デュランティちゃん」で奏でた作品のCD「Dolce」など関連するものを聴くだけでなく、「千住真理子」の素顔が窺える本をしっかりと読み込む。
 『千住家にストラディヴァリウスがやってきた』(千住文子著)で、お母様の千住文子さんは、母親として、世間で「千住三兄弟」と呼ばれる三人のお子様(長兄の博さん、次兄の明さん、そして真理子さん)を、常に明るく大きく見つめておられること、『音楽の扉』(千住明著)で、次兄の明さんが幼くして魑魅魍魎たる世界に躍り出た妹の真理子さんに対し、真の庇護者であるかのごとく、いかなる事態に遭遇しても護ろうとするナイトのような思いを語っていること、そして『聞いてヴァイオリンの詩』(千住真理子著)で、真理子さんがヴァイオリニストとしての天賦の才に溺れることなく、千住家における「常に勉強する」という家風そのものの「他人の3倍もの努力を弛まず続ける」思いと、過去、現在そして未来のご自身を、素晴らしい表現力で語っていることを知る。
  私は、ご本人にお会いする前にすっかりその人となりを自分なりにイメージし尽くし、インタビューに臨むのであるが、CDや書籍で膨らんだイメージとの符号の確認をしたい、お会いしたいと心が逸る。

◆お父様の威厳とお母の愛
 お父様(千住鎮雄・慶応大学工学部教授、故人)の教育方針を語るとき、真理子さんの眼には涼やかで敬う気持ちが溢れる。
「(子どもは)いかに集中するかだ。その子どもが我を忘れて没頭できるもの、一番興味を持ったこと、すなわち本人の意志、本人が好きなことを尊重し、ただひたすらやらせろ。近道はするな、ずるいことをするな、人生はロング・レースである。30歳になって、自分に実力が無いことが分かったら、向いていないのだから、その時、進路を変えればいい。30歳ならやり直せる。30歳までは見守る」「子供は親の持ち物ではない。子供は自分の人生を自分で探さなければならない」と。真理子さんはお父様の机に座った後ろ姿を見て、その威厳というものをずっと感じておられたという。
 特にそのような空気を作り出したのはお母様で
「母は父のことを今でも尊敬しているし、その当時も、父というものは尊敬するものだという空気が常に流れていました。その中での父の一言ひと言ですから、子どもである私達にとっては、ものすごく重たい一言で、父がイエスと言えば、すべてがイエスになるような空気を、母が作っていました。まさに千住家のゴットマザーです。子どもにとって、ある年代までは全世界が家族でしょう。家族よりも外の世界を知らないという時期が、ある年代まであります。その中で一番近い存在である母親が、尊敬する唯一無二のものが、父だったわけですね。父の絶対的な存在というものは、どこの家庭においてもあるのだと思うのですが、それが千住家においては、本当に唯一無二のものが、ゆるぎないものがあったのですね」と語る。
 
◆天才を育んだ家族の絆
 真理子さんは「独立自尊」「知徳の模範」「気品の源泉」という3つの言葉に幼少の頃から触れてきたという。千住さんは2歳と3ヶ月からヴァイオリンを習い、最年少でコンクールの日本一となり、天才少女の名をほしいままにされたのだが、大人達が何気なく、軽いつもりでいう天才少女という言葉は小さな子供にとって大変に重荷だったという。
「子どもというのは意外と、ストレートに、そのまま受け取るのです。天才少女といわれた当時、当人の私としては、ものすごくそれが重たくて、何か凄く深刻に受け止めていました。天才少女でなくてはならないような、何か一種の責任を負わされたような、生きていくうえで、ものすごくそれが重たくて、毎日おなかを痛くしながら学校に通っていましたね。そこまで追いつめられていたのですが、いま大人になって感じるのは、大人たちはそこまで感じていなかったのだろうということです」
  11歳で優勝し12歳でN響と共演、史上最年少というレッテルは計り知れない精神的な負担があったに違いない。
「大変でした。もう本当に精神的にはどんどん追い詰められていく。道はこれしかないというような、あるいは1位しかないと。選択の余地がなくて、2位では駄目なのです。1位しか駄目。しかもその1位というのは、常に人を驚かすような、凄い1位でなくては駄目で、並みの1位では駄目というものがあるのです」先ごろの事業仕分けの中での質問者の言葉が思い出される。
 この重荷に千住さんが耐えてこられた陰には、お父様、お母様の笑いと、三人兄弟の間にあたかも三位一体のようなきわめてつよい「絆」というものがあったことを千住さんは語っている。
「12歳前後で大人の世界に入っていきましたが、いろんな人間同士のしがらみ、綺麗でない部分が、人間社会ですから沢山ありますね。そのようなものにぶつかっていかなければならない。そのすべてを、両親も二人の兄も、自分のことのように一緒になって、家族がなにかひとつの小さな船に乗って荒波に出て行ってしまったかのように、みんなが私の体験したようなことを一緒に体験していたのです。傷ついたり、怒りを覚えたり、悲しみに暮れたり、そのすべての感情を共にするのが、兄弟であり、家族だったのです。その時は辛かった様々な経験が、家族の絆を深めるという意味では、非常に重要なできごとであったように思います」と。

◆自分の体全体が楽器の一部に
 ヴァイオリン演奏の際に、当たる部分が痛いからとヴァイオリンと体の間にハンカチを挟んだりするのを見かけるが、千住さんは演奏の際に鎖骨部分にハンカチを挟むことをしない。
「骨がもう、振動体になっていますので、ハンカチを当てると、明らかに音が遮られてしまって、響きがこもってしまうのですね。ですから、ちょっと痛いのですけれども、じかに鎖骨に当てて音を共鳴させます。そうすると、体全体に響くのがわかるのです。頭蓋骨の内側にガンガン響いているのが分かって、これが何ともいえない振動が体で感じられる。そして皆様のところに届く。自分の体が楽器の一部になって響くというのが分かります。演奏者の体格は音に凄く影響すると思います。骨のパーセンテージとか、それから脂の具合とか、肉の厚みとか、凄く音に関係してくると思います。
 またホールというのは、凄く大切な楽器なのですね。ホールという楽器をどのように鳴らすか。これは演奏家のもうひとつの力量といいますか、考えなければならない大切な点で、例えばヴァイオリニストはヴァイオリンを弾くことがメインではなくて、ヴァイオリンを持って、ホールでどのように響かすかということが、一番の問題点になるのですね。ホールによって全然、性格も違いますし、そのホールのどの位置に立つかによって、また響き具合も変わってくる。だからやはり家で何時間練習しても分からない部分が、その現場に行かないと分からない。その現場を知るということが一番大切なことになってきますね。日本の場合、湿度が高い。しかも暑かったり寒かったり、乾燥したり湿ったりというのが激しすぎる。この激しい変化の中で対応できるホールというのは、気密性がないと、つまり、周りの環境と溶け込んではだめなのです。だからホールそのものが完璧に遮断された空間であって、しかもその中では完璧な音響状態になるというのが日本のホールの特徴です。ヨーロッパでは湿度と温度が割りと安定しており、古びたホールでもそのまま使える。環境そのものが素晴らしいので、そこで古いままがなおさらいい音響を生み出すことというのがあるのです。なじみながら伝統が受継がれていくということですね」

 ホールや己の肉体も楽器としてしまう演奏家にとっては、体調管理もまた重大事となる。
「自分でもよく食べ、周りにもお勧めしているのは、小松菜とかパセリ、セロリ、にんじんとか、レモンとかです。そのようなものを取ることによって、疲れを余り感じなくなるとか、集中力も高まります」
 千住さんは一度演奏会をやると1キロぐらいは減る。凄く汗もかき、体力も消耗するので、それだけに直ぐにエネルギーを補給、いっぱい色々のものを食べて補給しないと、体が参ってしまって、演奏が続かないので食べることも仕事だという。地方公演では終了時刻が9時過ぎとなると、楽器を持っているので、外に食事に出ることもなかなか出来なことがあり、ホテルの自分の部屋の小さな冷蔵庫で、何か入っているものを食べるしかない場合もあるという。
 
「高価な楽器を持ち歩くので慣れているとはいえ、神経は常にビリビリしています。常に手に持って歩くので人に当たらないようにとか、いろんなことをいつも想定しながら持ち運びをしているのです。飛行機に乗るときも、横の席を別にもう一席買っておき、その席にくくりつけて、シーベルトをして乗っていくのです。また夜に地震があるかもしれないし、火災があるかもしれませんから、常にパッと起きて、パッと取れる場所にないと、守る事は出来ませんね」と、高価な唯一無二の楽器を持ち歩く演奏家の大変な一面を知る。

◆人の痛みが分かる魂
 バブル崩壊後失われた10年、あるいは20年といわれる中、数値的な面ばかりが喧伝されがちだが、内面的な部分の崩壊がより深刻な気がしてならない。千住真理子さんのインタビューを通して、近時、家族という愛の根源的なところが合理的、機械的になり、魂を込めるという部分が弱くなってきているのではないかとの思いを強くしたのだが、真理子さんは最後に
「魂を作るものがどこにあるかと考えると、人の痛みというところに繋がってきます。今の戦争の是非論もそうですけど、人の痛みがどの程度分かるか。そこが魂なのですね。文化ということが大切になってくるのは、そこだと思います。感性を磨く。魂を深めていく。どのような仕事の方でも、感性のある方はそこの部分を分かっていらっしゃると思います」と締めくくって下さった。





写真は商工ジャーナル(2007年11月号)に掲載された「今を語る 魂のこもるものを家族とともに求めて」記事と千住眞理子さんプロフィール(提供;商工ジャーナル)



加能人「がんばってます」欄の坂井茂樹さん記事
(提供;加能人2011新年号)


◇坂井茂樹プロフィール
鳴和中学―二水高校(17期)−金沢大学法文学部卒、商工中金入庫。商工中金理事。(株)日本商工経済研究所代表取締役社長等歴任。現在(株)商工中金経済研究所取締役所長。


「からたちサロン」トップへ   トップページに戻る


禁無断転載 ©Copyright 2011 NISUI KANTO All rights reserved