洋裁教室を開いて40年も経つうちに、物差しの数と種類が随分増えてきた。金属、竹、木、プラスチック、と用途によってそれぞれ形が異なる。その中に、私の中学校家庭科以来の、50センチの竹の物差しが一本入っている。子供の頃からこの物差しを使って服や小物を作ってきた。これは私が今も使っている道具の中で、一番古いものである。60余年経った今、角も取れ、褐色に変わっているが、表面に刻まれた目盛りはまだ充分読み取れる。数字は入っていないが、一目で何センチかが分かる。また、竹の曲面とやさしい滑りの良さで、生地を整えて裁断するときにも、最高の道具となる。
現代のプラスチックのスケールには、透明なものに目盛りが1ミリごとに刻まれ、1センチごとに数字が書かれている。私はこの余計なつくりに、いつも困惑する。おまけに机や布地に貼りついて、動かしにくい。アイロンで変形したものや、目盛りの消えたもの、折れたものもある。
ネット検索によると、滋賀県甲賀市で様々の長さの竹尺が作られており、愛媛県や福岡県産の竹が使用されている。最近のテレビで、日本で生産されている竹尺は、商品全体の3%と報じていた。
竹は伸び縮みが少なく、アイロンの熱にも変形しない。大切に使えば100年は使えるという。私は、長年ともに働いて来たこの物差しを、あと何年使ってやれるだろうかと考える。10年、15年・・・。
お弟子さんに製図を教える時には、まず、物差しを選ばせる。「竹の50センチの物差しを持って来てください。」と、いっても、1メートルや75センチの物差しを持って来る。使い勝手のよい長さがあるのだが・・・。時には、1センチ1ミリから教えなければならなくて、つい出てしまいそうな苦言を飲み込みながら、1本の線をひくにもその方法と理由の説明を繰り返す。
物差しを使うということは、割り算、掛け算、足し算、角度などの計算がつきものである。平行,対象,直下などの表現を用いながら、時には円周率,半径,楕円形の長径も出てくる。つまり、服つくりは理数系であり、美術系であり、・・・・・・何とも頭を使う作業の連続なのだ。
私が竹の物差しにこだわるあまり、これについて調べて見ようと踏み込んだ道は、思いのほか奥が深く、3000年以上も遡った歴史を紐解くこととなり、津津と興味を誘う。
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〈以下その概略を紹介する。参考資料=「世界大百科事典」平凡社、「漢字なりたち辞典」教育社、
「大字典」講談社、「角川新字源」角川書店、「広辞苑」岩波書店 〉
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笛の音で尺が定まる
・インドでは、紀元前3000年には物差しを使用していた例があり、エジプトでは紀元前1500年頃、「腕尺・キュビット」という物差しが作られている。
・中国では、周の時代(紀元前600年〜)にそれまでは不規則雑多であった長さの基準が、正式に定められたという。
長さを定めるときに用いられたのは笛の音で、同じ音を出す笛が同じ長さであることに着目し、黄鐘(おうしき=音律の度)の長さを基本にして、この笛の長さの10/9を尺とした。
また、大きさが中位の秬黍(くろきび)の90粒分を黄鐘笛の長さの補助として、その一粒分を一分とし、十分を一寸、十寸を一尺としたとされる。この方法が唐の時代(618年〜907年)まで伝承された。唐の時代に大尺と小尺が定められ、大尺は小尺の一尺二寸となった。材料は銅と竹である。 ちなみに、「尺」という文字は手で寸法を測るときの形からきた「象形文字」とされる。
竹量、曲尺、鯨尺
・日本では、大宝2年(702年)に度・量の標準を周知させている。唐からの伝来で大尺が小尺の一尺二寸とされたが、この時の尺がどれ位の長さであったかは定かではない。となった大尺は、曲尺(かねじゃく)の一尺と同じ位とされている。
中世(12世紀〜16世紀)には竹量(たかばかり・鷹量とも書く)と曲尺(まがりかね・まがりじゃく=鉄尺)の2種類があって、竹量は裁縫用に使われていた。
正平11年(1356年)の検地用の曲尺は、現在の曲尺と同寸であり、竹と鉄の物差しが通用した。 竹量のルーツは、高麗尺〜呉服尺〜鯨尺となり、当時は曲尺の一尺二寸が鯨尺の一尺である。
土地柄?1尺の長さいろいろ
・尺の種類 (享保の改革1717〜以後) 日本各地の尺の長さは若干違っていた。享保尺・念仏尺・又四郎尺など数種類があり、ほかに寺社仏閣の尺もあった。鯨尺は衣服裁縫用に、始めは鯨の骨で作られたので鯨尺といい、曲尺の1.2尺を一尺とした。
江戸時代には反物の長さが2丈6尺までと制限されたので、少し長い私尺の1.25尺が作られて、近世には正式となる。
折衷尺は伊能忠敬が測量のため、享保尺と又四郎尺の長さを折衷して定めた。これが現在の長さの基となった。
明治8年(1875年)に度量衡取締条例が制定され、曲尺と鯨尺の二つの用尺が正式になる。
鯨尺は曲尺の1.25尺となり,大正13年(1924年)に1尺(曲尺)はメートルの10/33と定めた。
質量はkgの15/4当りが貫(3.7565gが1匁)となり 曲尺で64.827立方寸を1升枡(ます)とした。
ヤード・ポンド法は明治42年に認可される。
竹冠の漢字は、物差しと血縁?
・漢字のなりたちを調べると、竹は冠に組み合わされている。竹は真っ直ぐで節が規則正しい。割るとまっすぐに割れる。しなやかで美しい。また表皮に印をつける(切り文字など)と、やり直しがきかないことから、竹冠の字には、数や整合と公正などに関連する文字が多くある。
竹が古代の度量の基になっていたのではないか、と思考は巡る。・・・など竹の物差しが発端となって探究心がさらに広がった。 (H22.10.30 寄稿)
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下の表は竹冠の字〉
算
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カズ・カゾエル
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10本の竹をそろえて両手でさしだし数える
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箇
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カズ
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ひとつ,ひとつ物を数える
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答
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アウ
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竹の器のフタとミがぴったりあわせることから数が合うになる
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等
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ヒトシイ
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竹は竹簡で寺は官所のことで書きつけが全て同じの意
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第
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テイ
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竹冠の下の字は弟のことで兄弟の順番を表す。ゆえに第一,第二など
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符
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シルシ
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割符など数える
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箋
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カキモノ
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竹簡に字を書く、切り込むため細工ができない
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筋
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スジ
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竹はスジが多い細長いもの数える意
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策
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カズトリ・ハカル
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計画や対策のこと
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節
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サダメ・ミサオ・クギリ
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竹のフシが区切れることからきまりが良いこと
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範
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テホン・カタ
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手本・正式・きまり
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築
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キズク
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堅実・大きなものを作ること
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簿
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ボ・チョウボ
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竹簡より薄い帖・冊を正確に記す
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*黄鐘(おうしき)については、さらに詳しく調べる予定。
*メートル法やポンド・ヤード法の成立についても調べたが、本題とは離れるので、今回は割愛した。
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