南部健一(13期)
13期 南部健一 さんから
創作の朗読劇の脚本を寄稿頂きました。
11月(2016年)上演予定とのことです。
◇南部健一(13期)
東北大学名誉教授

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浪漫詩吟劇場 「最上川舟歌」 作 南部健一(13期)

 古稀を前にして青木はもの思いにふける日々が多くなった。理由の一つは3年前に妻に先立たれたことである。しかしその生活にも慣れて来た。本当の理由は無常感である。時折り体が痛み夜も眠られず、命の限りを自覚したのである。眠られない夜は、今のうちに親しい友に会っておこう、と考えて過ごした。その思いは、高啓の漢詩を口ずさんでいる時決断に変わった。この詩人もまた友に会いたくて、ひとり山中を歩いている。 
  
水を渡り復た水を渡り 花を看還た花を看る
春風江上の路 覚えず君が家に到る

雪が降る前にまず早川夫妻を訪ねることにした。夫妻は最上川の峡谷沿いに小屋のような家を建てて住み、隠遁生活をしている。そこに行くには舟しかない。観光舟下りの船宿に立ち寄ると、客が来ないので船頭たちがひまを持て余していた。頭と思われる女に青木が声をかけた。
「対岸の仙人堂まで乗せてほしいのですが」
「承知しました。その前にまず私たちの合吟を一つおきかせしましょう。季節は少しずれますが『奥のほそ道』の『最上川』の章段です」
男たちが一斉に立ち上がり吟じ始めた。

最上川は陸奥より出でて 山形を水上とす
碁点・隼などいふ おそろしき難所あり
板敷山の北を流れて 果ては酒田の海に入る
左右山覆い 茂みの中に船を下す
これに稲積みたるをや 稲船というならし
白糸の滝は 青葉の隙々に落ちて
仙人堂 岸にのぞみて立つ
 水みなぎって 舟危うし
    五月雨を
       あつめて早し 最上川
       あつめて早し 最上川

最後の俳句は女船頭が独吟した。ひなびた中に艶のある吟だった。青木がほめると女船頭は上機嫌になり
「仙人堂までとは言わず、世界の果てまでご一緒しましょう」
と言った。男達がどっと笑った。

対岸に上がりさらに川沿いにけもの道を小一時間歩くと、ようやく早川の住まいにたどり着いた。
家の前に小舟が一そう置いてある。戸口で、青木です、と言うと早川の妻祐子が顏を出した。
「おひさしぶりです。お上がり下さい」
中に通されたが人気がない。お茶の用意をしながら祐子が言った。
「早川は去年亡くなりました」
その淡々とした口調は、まるで他人事のようだった。
「あの人は山頭火のような人でした。半年もいなくなったり、ふと現れたり。自分は何のために生きているのか、とよく自問していました。答えをさがす旅の途中で行き倒れになったのです。供養に、彼が好んだ山頭火の詩を時折り吟じております」
祐子が吟じ始めた。

  分け入っても 分け入っても
     分け入っても 青い山
     分け入っても 青い山

祐子の淡々とした吟調は早川の生き方を許しているように聞こえた。

祐子は、月に二、三度玄関先の小舟で最上川を横切り、戸沢村まで食料を買いに行くほかは、この山中の家で一人で過ごしているという。庭の畑で野菜を作っていたが、それが唯一の仕事らしい仕事だと言う。昔はクラッシック音楽が好きだったらしいが、隠遁してからは漢詩や和歌を楽しんでいるようだ。
「誰の漢詩が好きですか」
「李白と王維です」 
そう言えば、マーラーもこの二人の漢詩に感動して「大地の歌」を作曲している。祐子が言った。
「早川がいないので合吟ができない、それが残念です」
青木が
「ところでここから望む最上川の渓谷は李白の『天門山を望む』景色ですね」と言うと、祐子は目を輝かせた。
「そのとおりです。芭蕉もこの風景が気に入っていたようです」
祐子が李白を吟じ始めた。

 天門中断して楚江開く 碧水東に流がれて北に至って廻る

青木も加わった。

  両岸の青山相対して出づ 孤帆一片日辺より来たる 

二人の声は深山幽谷に吸い込まれて消えた。ついで祐子は李白の「山中問答」の二連目を吟じた。

  桃花流水沓然として去る 別に天地の人間に非ざる有り

祐子は青木が訊きたかった「あなたはなぜこのような山中に一人で住んでいるのか」に前もって答えたのであった。
青木は、自然と一体化して生きるのが祐子の本意かどうか知りたくて王維の「鹿柴」の一連を吟じてみた。

空山人を見ず 但人語の響きを聞く

祐子は目を閉じて聞き入った。青木は、「空山人を見ず」とは、「人恋しい」という叫びではないか、あなたは人恋しくはないのですか、と訊いた。
「寂しさはあります。しかし私は、孤独を紛らわすためにわずらわしい世間に身を置くより、孤独を愛して静かに生きたいのです」
青木は、自分に正直に生きようとする祐子の健気な姿にいとおしさを覚えた。

 いつの間にか日が暮れた。暗い大河を小舟で横断するのは危険だといい、祐子は青木に泊まって行くよう勧めた。青木は好意に甘えることにした。祐子が用意した一汁一菜の夕食を終えると、二人はろうそくの灯かりの下で、亡き早川も話題に加えて深夜まで詩歌や音楽、人生について、話しが尽きなかった。持参した酒に酔った青木を気遣い、祐子は布団を敷いた。横になった青木はまもなく眠入った。
山中の一軒家は深々と冷え、夜半すぎ、青木は寒くて目が覚めた。ゆかがきしみ、祐子が影のように入って来た。青木は人肌のぬくもりに包まれ、再び深い眠りに吸い込まれた。

夜が明けると台所からまな板をたたく音が聞こえてきた。青木が声をかけた。
「おはよう、祐子さん」
「おはよう、青木さん。眠れましたか」
「おかげさまで熟睡しました。…… 今夜もお願いします」
「はい」
即答した声が大きくて青木は笑った。祐子も両手で顔を隠して笑いながら
「声を出して笑うなんて何年ぶりかしら」
と言った。二人は庭に出て深呼吸を始めた。祐子は、今朝の山の空気はなぜか特別美味しいと感じた。

祐子は、青木に傾いて行く自分を止められなかった。止めるどころか、この人と永遠に一緒にいたいと思った。人生で初めて経験する恋心だった。
青木も祐子といるだけで深い安らぎを覚えた。祐子のもとを去りがたく、青木は半月滞在した。それは二人にとって、生きる喜びにあふれた日々だった。
祐子は、幸せすぎて怖かった。青木と目が合う度に祐子は、「回り道はしたけれど、私達は愛し合う運命のもとで生まれて来た」と思い、胸が熱くなった。

青木が出発する朝は初雪になった。祐子を見て青木は驚いた。いつも素顔の祐子が薄化粧をして立っていた。美しかった。寂しそうな顔を見て青木は胸が疼き、思わず抱き締めた。祐子は青木の胸の中で震えながら言った。
「きっと逢いに来て下さい」
そしてはなむけに和歌を一首吟じた。

もがみがわ 渡る舟人 かぢを絶え
         ゆくへも知らぬ 恋のみちかな
  
二人で小舟に乗り移ると祐子は見事に櫂(かい)を操り、青木を対岸に届けた。そして青木の姿が見えなくなるまで涙をこらえ手を振っていた。
青木と別れたその日からまたひとり暮らしに戻った祐子だが、青木がいない寂しさは想像をはるかに超えていた。時には、終日最上川の岸辺に茫然と立ちつくしていた。祐子に語りかけるのは、よどみに浮かぶうたかたの定めないつぶやきだけであった。
ひと月過ぎたある日のことだった。舟下りの女船頭が舟を流れにまかせて舟歌を歌いだした。歌詞は、ひとりの女が川下りの連絡船に乗り、尾花沢から故郷の酒田に帰る物語だった。女は、愛する男と別れ何もかも捨てて来たのであった。ふと右を見ると、重なる山々の向こうに二人で過ごした情け宿が見えて来た。女は愛し合った一刻一秒を胸に秘めて生きようと心に決めたのである。歌が終わると船頭は漢詩を吟じた。

   朝に辞す白帝彩雲の間 千里の酒田一日に還る    
両岸の猿声啼いて住まざるに 軽舟已に過ぐ万重の山

船頭の吟は祐子の心に沁みた。青木と過ごした短い日々は何もかも輝いていた。人生にそんな日々があったことに今は感謝した。祐子は、愛し合った日々を毎日思い起こし、今も彼と暮らしていると信じて生きることにした。こうして心の平安は取り戻したものの、青木のぬくもりが恋しく、時には、寂しくて眠られない夜もあった。そんな夜には和泉式部の歌が口をついて出た。

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 
            いまひとたびの 逢ふこともがな

祐子は思い定めた。このまま青木に逢えず、この身が最上川の藻屑となろうとも、それもまた我が運命であると。


One Thought on “浪漫詩吟劇場 「最上川舟歌」(からたちサロン)

  1. 後藤昭浩 on 2018年11月7日 at 4:15 PM said:

    先生が(こういうと失礼になるかもしれませんが・・・)こんな文章を書かれるとは正直驚きました。ロマンチストで⁉次回酒の肴にしながら酔いたいものです。

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